ここ数日ブログを書こうとしたが、なかなか言葉が出てこなかった。今でもそうだが、いい加減少し頭をすっきりさせたいので、ちょっと引っ張り出してみようと思う。

思えば、まわり道ばかりしている。

3年も通った大学、そして東北を離れ近畿の別の大学に移り、卒業しても就職せずフリーターでふらふらして、過労でうつ病になった今になって就職活動をはじめた。看護学校を受験したのも、本当に今後のお金のためだった。

なんというか、生きるのが下手だなぁ、と思う。

こんな私に、母はそんな風に産んでしまってごめんね、という。多分、父のことを見ながら。

私の性格は父親そっくりで、最近まで親というよりも年の離れた双子のように思っていた。

そんな父親は少し変わり者で、関わるひとを選ぶ。

彼女は私をそんな風にしたくなかったのだろう。

でも、私が今このような人間になったのは、自分が私を産んだからなんてどんな驕りだよ、と怒りを覚える。

たしかに産んだ以上ある程度の責任はある、だって私はうまれたくなかった。それに一緒に暮らしていたときも私は苦しくて、それに耐えられなくなり宮城を離れた。彼女は私にカウンセラーか、下手したら母親のポジションを求めている。そのせいで人格もある程度歪んだ。

彼女は私と、完全にとはいかなくともある程度一体だと思っている。おそらく。そのくせ理解ができない私の性格を全部父親のせいにしている。

私はそれが気持ち悪くて仕方がない。だって、なんて幼いんだろう。自分のことを社交的だと思っているようだけど(実際そのような仕事をしているし)、実際は父親以上に付き合う相手を選ぶ。そしてその結果、いま彼女には友達がほぼおらず、遊びにいったり愚痴を言ったりするのをすべて娘、私と姉に求めてくる。

なによりも、それを自覚できていない。

私が京都に越してきてから、彼女が年末に関西に来て一緒に遊ぶのが恒例になっており、今年も行く、との連絡がきた。私は就職活動とかバイトで年末のスケジュールがわからない、と返事をした。忙しいのね、という一文から、なぜ自分が遊びにいくときくらい日程を開けられないの、という不満が伝わってくる。それ以来、私はラインの返事をしていない。