数日前、久々に精神的なもので仕事を休んでしまった。

会社での自分の居場所がなくなってしまうのが嫌だ、しかし行くことも出来ない、連絡するのがこわい、怒られたらどうしよう。などなど。考えていたら、もう始業時刻には確実に間に合わない時間になっていた。


えいやっとほぼ底値にある体力気力のしぼりカスで連絡をした。そして眠った。


数時間後、目がさめる。

先輩からは、着信と、電話くださいというメッセージ、が、きていた。

うわ、怒られる。せっかく認めてもらえていたのに。

またしても精神がぷるぷる震えるポメラニアンになりながら、なんとか電話をした。


結論、怒られなかった。むしろ、なにも考えずに寝ておけ、大丈夫、と言われた。重石がなくなった。


不思議な気持ちだった。なんだったんだろう。いまいち意味もわかりきっていない言葉を使って言うなら、きっとあれは、認知の歪みから脱した、ということなのだと思う。


あ、わかってもらえるんだ、と思った。

安心した。


以前恋人に、もしあなたが先にこの世からいなくなってしまったらすぐに私もあとを追う、と言ったことがある。重い。

実際、彼のおかげで私は今生きているし生き続けられているので、心残りや恐怖もあるけど、それらに打ち勝って絶対に彼のいるであろうところを目指すつもりだ。


彼は、「俺のいない世界も悪くないよ」と言った。

私はそれがすごく寂しくていやでたまらなかった。やっとだいすきなひとと一緒にいられたのに、その人がいなくなってしまって、それでもその世界にとどまらなければならない、ということに耐えられないし、耐えたくもない。


でも、その一件があってから、少し彼の言ったことがわかった気がしている。さみしいけれども。




最近寝つきがまた悪い。精神状態も明らかに不調。

仕事が早く終わる日、何をしようかなあれやりたいこれやりたいとかたくさん出てきたのに、いざ解放されるともう布団でごろごろしたいという欲望が勝つ。

やりたいことへの欲望が勝つことも少しだがあるので、きっと限界アラームなんだろうな、と自分を納得させている。


職場では、その前後にあった悲しい事件とか、女の子が闘った例の件とかの話にもなる。あの人はレズビアンだ、とかの話にもなる。どうやったら抵抗を示しながらも穏当にやり過ごせるかに必死だ。

なんというか、SNSで見たりするもの・友人たちと話すことと、そこでのギャップがすごくて、これが世間一般の感覚なのかな、と思う。少し拡大しすぎかもしれない。


正直付き合いたくもない。ヘドが出る。


食材とかスポーツ選手とかを知らなくて、お前そんなことも知らないの?と言われたけど、わたしからしたらその言葉をそのまま返してぇよ。

職場の人々のことはだいたい好きだけれども、そういうところは本当に軽蔑する。


仕事は辞めるつもりは一切ない。私がなだらかな精神状態で対応できるようになれたら、と思う。それはおかしいということをはっきり示しつつも。


休日。一日中家にいたら多分さほど回復しないしうつが悪化するだろう、と思い仲良しのおねえさんに会えませんか、と前日のうちに連絡をした。

そして、翌朝。

「流木を洗うんだけど、来る?」と、連絡がきた。


正直眠たいし上述のことはわかっているが出かけるのは面倒くさい。でも流木。洗える。この機会を逃したらきっと私はのちの人生で流木を洗う機会はない。


慌ててシャワーを浴びて、洗濯機をお急ぎモードで二回まわした。明日からまた仕事なんだ。

汚れてもいい服できてねとも言われていたので、仙台貨物(V系バンド)のつなぎをタンスから引っ張り出した。


羽海野チカ先生の、ハチミツとクローバーが好きだった。

加えて、初めて行った武蔵野美術大学の学祭で、小屋から建てる、プロレスリングがある、せんとくんが歩いている、ふしぎなアクセサリーが売っている、などの洗礼を受けたこともあり、美術関係者の青春ののようなものに、強い憧れがあった。私が絶対行けない領域(年齢的にもセンス的にも)。


それに、流木を洗うからおいでよ、なんて誘い文句、今後聞けることはあるのだろうか。行くしかない。


わくわく、とくとく、るんるんなどごちゃまぜにしながら、車を飛ばし、初対面である先輩のお師匠さんと先輩とひたすら流木をごしごしした。


聞けば、ダムなどで流木配布会があるらしい。色々な需要と供給がある。 

他にも、舞台美術についてのおはなしをたくさんお聞きした。自分が好奇心強めでよかったなと思うと同時に、いつかこれに殺されるんだろうとも予想がつく。


最近は、会社の人々と仕事の話や特に中身のない延々と嘘をつき続けるなどといった会話ばかりしている。

私は、私がこれまでやってきたこと、自分の関心、考え、それらを一体どこまでひとに話すことができるんだろう。

何にも負けたくないから、次は私ももっと別のベクトルになるとはいえ差し出せるものを増やしたい、と強く思いながら、ビッグボーイのサラダバーをもりもり食べた。

end of summer dream


うつが悪化している。

ほんの少しだけ薬を多く飲み曖昧になり、嘔吐をし、泣いている。


話は変わるけど、maison book girl の曲とパフォーマンスが好きだ。

彼女たちの歌を聴き踊っているのを見ると、もちろん曲にもよるが、なんだか感傷的な、切なさスイッチを押されている気分になる。

思えば、私の対人間では、好意が絡んだ感情は強迫的なものかあるいは好きだけど海が凪いでいるような感情しか味わっていないように思う。

 

一方。恋といえば少女漫画だが、そこでは繊細な感情の揺れ動き、誇張しているかのような感情の描写がされている。

それを、私は音楽とそれに伴うパフォーマンスから得る。

end of summer dreamを聴くと、どうしてかわからないけど切ない、でもとても好き、という言葉にうまくできない感情になる。


切なくなって、寂しくなって、眠れなくなってしまうのに、それでも彼女たちの歌と踊りをみることをやめられない。美しさは罪だ。

1つ前に書いたものを読んで、うわぁ意識高いなと今の私は思っているよ。
仕事はなんとかやっていけそう。周囲の人々にたくさん配慮していただいている。有難い。

最近は昼間がずっと眠くて、きっと太陽のあたたかさでそうなるんだろう。いたずらが大好きな先輩も眠気にやられある意味真面目にキーボードを叩いている。

この間、以前依存してしまったひとの夢をみた。本当に都合が良いことに、彼は優しく笑って私の頭を撫でてくれた。きっと本人がこれを知ったらおぞましさで吐いてしまうこと間違いなしだ。
でも弁解させておくれ、私だってこんな夢みたくなかった。

休職中とかお金の管理がガバガバだったときのツケをようやく片付けられそう。ここまでこれたのは間違いなく恋人のおかげで、私は恋人が大好きで愛しくてたまらない。今が一番満たされている(恋人のことも満たせていたら良いのだけど)。

そんな最中に。
私はもう彼に迷惑をかけたくないし、二度と姿を現さないこと、考えもしないことがせめてもの償いだと思っている。さいあくだ。それに、あの夢をきっかけに、彼だけでなくいなくなってしまったひとたちのことを悲しく思い出している。

だいすきな女の子がいた。賢くてかわいくて強くてずんずん進んでいく女の子。手を繋いで夜の京都を歩いた。
わたしのことを好きだと言ってくれた、ツイッターで知り合ったおねえさんも、いつのまにかいなくなってしまった。
これまたツイッターで知り合った、おおきい優しい寂しがりなおにーさんもいつのまにかいなくなってしまった。
何故か連絡先を教えてくれた素敵なお洋服を作っているおにいさんもいつのまにか連絡がとれなくなった(まぁもともと気まぐれっぽさはある)。
ODやリストカットをしていた私もいつのまにかいなくなった。
先に逝ってしまった友人に、返ってこないラインを送ることもなくなってた。

あたまが良くないから、すぐに忘れてしまうのに、不意にどっといなくなったひとたちのことが押し寄せる。
寂しい。会いたい。また一番よかった関係に戻りたい。全部ぶち壊したのは私なのにね。

恋人がいて満たされているのに、こんなことを思う私は、いついなくなるんだろうか。

もう明日が来るから、今日も恋人にぴったり引っ付いて眠ろう。


少しずつ階段をのぼっている。

仕事を休まない、朝仕事に間に合うように起きる、本を読む、英単語をやる、家事をやる、etc.

前のふたつは会社勤めをする大人として出来て当たり前と言われることなのだろうけど、その当たり前が難しいことを今更痛感している。


世の中の大多数のひとびとが、朝起きて休まずに仕事に行って家のこともやって、をこなしていると思うと、自分はなんてだめなんだろうと思ってしまう。

今かんがえている、今後取ろうとしている資格を取ってその分野で働けることになっても、私はちゃんとできないのではないだろうか。


今日、上司に正社員になる日にちを提示された。聞いた瞬間、こわくて仕方がなくなった。出来ることならパートとかでもっとぬるく働きたい。でも、お金をある程度稼がなければならない。パートで働く厳しさを、私は知っている。


それなら。ここがきっとジャンプ台なのだろう。いずれ就きたい仕事のためにも。支えてくれる恋人のためにも。なにより、私自身のためにも。

自分のより良いコントロール方法を探して、社会に溶け込もう、と思う。今までに感じた苦しみや寂しさ、疑問などは忘れずに。弱いままのつよさを求め続けて。


仕事で手一杯の毎日。

電車はほぼ毎朝毎晩座れないし、歩くの基本的に嫌いだし、携帯のバッテリーはすぐ切れるから音楽聴けないし、働けども働けどもお金はない(これは今までの私のせいでもある)。


昨日、久しぶりに恋人と休みが被ったので近所を散策した。

引越し先は快適で、穏やかで、今のところ何の不満もない。引越しして本当に良かったし、お金をたてかえてくれている恋人には本当に感謝しかない。


起きたときからずっと寝ることばかりを考えていたのも落ち着いてきて、仕事中に、今日は家に帰ったらあれをやろうなどと考えることもできる。まぁ、だから家に帰っても何もできないとストレスになってしまうんだけど。

25年経っても自分の手綱は握れていない。


夜中のざわざわする感じも眠たいのに眠りたくないのも、いつか恋しくなるんだろうか。


とりあえずなんとかやっているししあわせだし、まぁ今はこれでいっか。